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zoom RSS 「SAPIOの記事から転載」

<<   作成日時 : 2012/09/24 13:54   >>

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「SAPIOの記事から転載」
ベトナムをはじめ東南アジア各国を長年取材してきたジャーナリストの櫻井よしこ氏は、「ASEAN諸国は、次の時代を左右する重要なプレーヤーです」と指摘する。そして中国の脅威に晒される彼らは、日本のリーダーシップに期待し、ともに歩んでいくことを望んでいるという。我々は彼らとどう手を携え、どのように繁栄の道を進むべきなのか。ジャーナリストの櫻井よしこ氏が提言する。
 * * *
 かつてアメリカと戦ったベトナムや激しい反米運動を展開したフィリピン、そしてイスラム教徒が多いインドネシアを含め、東南アジア諸国はアメリカに対する過去のしがらみをすべて乗り越えて眼前の中国の脅威に立ち向かうためにアメリカと接近しつつあります。
 彼らはまた、日本に対しても強い関与を求めています。東南アジア諸国にはアメリカに対して内心、複雑な思いを抱いている国もある一方、日本に対してはほとんどの国が親近感を持ち、尊敬し、信頼しています。
 重要なのは、東南アジア諸国は日本にとって価値観を共有できる相手であり、真のパートナーとなり得る存在だということです。
 東南アジア諸国は、戦後日本を苦しめてきた歴史問題についても、日本に対するマイナスイメージは持っていません。「歴史認識」で日本を非難するのは、証拠もないのに「20万人が強制連行されて性奴隷にされた」などと捏造した歴史を国際的に喧伝する北朝鮮や韓国、虐殺などなかったことが明らかになっているのに「南京大虐殺」を吹聴する中国だけです。
 例えばインドネシアの中学校の歴史教科書には「日本の占領は、後に大きな影響を及ぼす利点を残した」と、日本による統治を評価する記述があります。
 実際にアジアの国々を訪ねて話を聞くと「日本が戦ってくれたことで、我々は独立できた」と感謝し、大東亜戦争時の日本の軍人は立派だったとまで語ります。そして時には中国の傍若無人を厳しく批判し、中国に対峙するため、日本にもっと前面に出てほしい、そうするのがむしろアジアの大国としての責任だというのです。東南アジア諸国との連携強化構想は、日本を長く苦しめてきた歴史問題を転換していく大きなチャンスになるはずです。
 東南アジアの国々は日本に期待する一方で、東シナ海における日本の対応を固唾をのんで見守っています。2010年9月に領海侵犯した中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突した時、菅直人首相が中国の顔色をうかがって船長らをさっさと送り返してしまったことには、失望を超えて「理解できない」という人さえいました。当然のことですが、「なぜ日本は中国に対してこんなに弱腰なのか」という歯がゆさも抱いています。
 歴史問題について日本は物言わずしても東南アジア諸国の支持を得ています。なぜなら、彼らもまた中国の捏造や虚偽の宣伝に苦しんでいるからです。南シナ海に中国が引いた点線に何の歴史的根拠もないことは東南アジア諸国が一番よく知っています。
 ベトナムやフィリピンをまるで属国のように見下す中国に、そうする歴史的根拠が何もないことは、当のベトナムとフィリピンが一番よく知っています。中国による歴史の捏造に苦しんでいるからこそ、彼らは日本が中国から言いがかりをつけられているのがわかるのです。にもかかわらず、日本がはっきりと中国に物を言わない。そのこと自体がおかしいと彼らは言います。
 今年春にベトナムを訪れた時も、現地の人々には「日本は大国なのに、なぜ遠慮ばかりするのか、なぜ過剰なまでに卑屈になるのか」と言われました。多くの日本人には実感が湧かないかもしれませんが、彼らからすれば、日本は光り輝く技術を有する国で、どこに行っても清潔で高度に発展している素晴らしい国なのです。彼らは中国ではなく、日本を頼りにし、誇りに思っているのです。日本人はその自覚と自信を持ち、東南アジアの国々との連携を強めていくべきです。
※ SAPIO2012年10月3・10日号

これに呼応する様な記述が同じくSAPIOに有るので追加転記しておく

 国際情報誌・SAPIOが9月20日発売号で『「新・大東亜共栄圏」中国抜きの“アジア繁栄構想”を提唱する――』との大特集を打ち出した。その狙いは何か、以下は同誌の巻頭言だ。
 * * *
 本誌は敢えて「禁句」を提唱する。
 日本の戦後論壇では、日本を「アジアの盟主」と呼んだり、「アジアの共栄圏」を唱えたりすることはタブーとされてきた。もちろん、先の大戦の反省と贖罪のため、「忍び難きを忍」んで言葉を呑み込んできたからだ。
 その間、戦争の大義を勝者の論理で押し殺された恨みは深く国民に沈澱し、反動から「禁句」をことさら口にする論客ももちろんいたが、結果、世界と日本人にその思想の中核が理解されることは難しかった。だから「敢えて」なのである。
 いまアジアは大きな岐路に立っている。日本の敗戦という大きな断層があったにもかかわらず、過去100余年間、アジアの発展の先頭を走り続けてきたのは常に日本だった。いまや「日本、恐るるに足らず」と鼻息荒い中国や韓国も、戦中のインフラや教育の整備のみならず、戦後も敗戦国たる日本からの援助によって近代化を進めざるを得なかったのが実情なのだ。
 ところが、その中国、韓国の台頭によってアジアのパワーバランスは崩れた。時同じくして、日本が先進国、大国ゆえの変革の必要性に一歩早く迫られたことで、「我こそは新・アジアの盟主」と肩をいからせる国が、領土、経済、外交で幅を利かせ始めている。

 一方で、戦中に日本が開発に国家の命運を懸けた東南アジアは、ようやく高度経済成長期を迎えており、EUに次ぐ巨大経済連合の姿が見え始めた。文化圏、経済圏は少し異なるが、インドの急成長も周知の通りである。
 残念なことに、尖閣・竹島問題を見ても明らかなように、中国、韓国が歴史を捏造してまで日本を敵視する姿勢を続ける限り、日中韓の連携によるアジア共栄の道はなかなか難しい。が、それを「石の上にも三年」と待ち続ける時間は、日本の現状からも東南アジアの成長スピードから考えても、もはやない。
 この複雑な連立方程式の解こそ、今の時代に求められる「新・大東亜共栄圏」である。要らぬ批判を受けぬために銘記しておきたいが、これはいたずらに中韓を敵視するものではない。しかし、本来なら手を携えてアジアの発展に尽力すべき両国が、その道を好まぬなら、ひとまずそちらは時間がかかるものと覚悟し、まずは伴に歩める国々と先に進むしかあるまい。

 冒頭に引用した「玉音放送」の一節はあまりにも有名だが、同じ詔勅のなかで昭和天皇は、こうも述べている。
「米英二国に宣戦せる所以もまた実に帝国の自存と東亜の安定とを庶幾するに出て、他国の主権を排し、領土を侵すが如きは、固より朕が志にあらず」

 豊穣な自然と勤勉な人々、地政学的な要所を抱くアジアは、発展の後れゆえに先を行く国々に常に翻弄されてきた。先の大戦の大義が欧米列強からのアジアの自立自存にあったとすれば、現代はむしろ同じアジアにはびこる新・帝国主義からの自立自存が必要かもしれないことは悲しむべき皮肉だ。
 反論も大いに歓迎したい。今こそタブーを排し、「新・大東亜共栄圏」の在り方を論じる時だ。

※SAPIO2012年10月3・10日号
全てをそのまま「その通り」とは行かないがアジアの中国、韓国と自国の政権維持の為に反日を利用して居る国を除く諸国はアジアの東隅の島国の大和民族に熱い視線と期待を抱いて居る事はどうやら間違え無い様で有り、この特異な少数民族は日本語成る世界的に見てもかなり特殊な言語を操り、世界に冠たるロシア海軍のヴァルチック艦隊を撃破し次に蟻と像ほど違う巨大なアメリカに立ち向かい、大方の予想を遥かに超え、あのアメリカに最終兵器を使わせるまでに追い込んだのでした、どう見ても物理的にまず有り得ない程の強靭な精神力と結束力で、敗戦国で有りながら世界的にトップレベルの援助国に成ると言う通常では有り得ない歴史を築く奇跡の民族で有りこのDNAを有する戦勝国アメリカにかつて存在した日系移民部隊はアメリカ軍史上最強部隊で有った事からこの民族は元来持つDANに従来のホモ・サピエンスの持つ物とは明らかに違うと考えられる、しかしこの民族の特徴は強靭な精神力だけでは無く、とても度量の大きい宗教観や武士道と言う独自の死生観を持ち、高い知能と倫理感や社会秩序に対する心理的寛容さと品格をも持ち、美的感覚も独特なセンスを持ち独特な文化を創り出すアジアの中でも異端の民と言えよう、その適応力の高さから、世界のどの地域のPKO、ODAの活動においても現地の人々との親和性をいかん無く発揮し非常に高い評価を必ず残し、異なる宗教地域でも尊厳を持って対応する為信頼を得る、サムライJAPA、サッカー、野球とその環境に対する適応力に加え緻密な努力を惜しまぬ姿勢が各所で評価されたきっかけと成った事は言うまでも無い。

同じ日本人として思う最大の疑問は、先の対戦で本当に占領、統治を日本人自らが行ったのだろうか?、新たな生活基盤の形成に必要な物は、日本人的には占領、統治と言う発想どうも結びつかない我々農耕民族には支配とか服従とか統治と言う事よりもむしろ新たなコミュニティーの形成の方に感心が高い様に思うのだが、古来より日本人は土地信仰に特別な思い入れが有り、日本人は何処の地に行こうとも育った土地を思い山を見付けると必ず○○富士と命名する、それは日本全国に○○銀座や富士見坂が数多く点在する様に農耕民族に取っては土地は命の源で有りアイデンティーその物で有る、そう言う意味でも日本人は人を従属させ支配する事より「ラストサムライ」の村宜しくまずは小さくともコミュティーを形成する事で安堵し安定を享受出来ると言う発想を元来持って居り、専制君主は日本人に似合わない上に大多数の民はそれを訴求せず、寄らば大樹の陰的な発想が大半を占める。そんな日本人が占領支配に血道を上げて居たとは俄かに信じがたいので有る。


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